当センターの山脇成人先生が代表を務める日本脳科学関連学会連合(以下:脳科連)より、緊急提言「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に係るメンタルヘルス危機とその脳科学に基づく対策の必要性」が発出されました。また、本件に関連し、NHK-Eテレ「視点・論点(7月8日(水)午後1時50分~2時放送)」に出演しました。

 本提言は、「Post/Withコロナ」時代を生き抜くためのニューノーマルなメンタルヘルス対策を構築することにより、昨今猛威を振るっている新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)パンデミックによる未曽有のメンタルヘルス危機の克服に貢献するべく発出されました。

 現時点で、世界全体で身体的な健康に関する不安や近親者の喪失による悲哀に加え、経済的な困窮や行動上の制限を伴う社会環境の変化による強い苦悩や対人的な負荷が引き起こされており、今後も社会経済への深刻な影響や段階的に状況変化する外出制限等によって、メンタルヘルスはさらに悪化する可能性が高くなっています。国連のグテーレス事務総長は5月13日に各国政府にメンタルヘルス対策の強化を呼びかけました。これに続いて、世界保健機構WHOも新型コロナのストレスによるうつ病、アルコール依存症、自殺などの急増を警告し、メンタルヘルス対策の強化を要請しました。

 我が国においても、今後長期的ストレスや急速な景気の悪化に伴う失業などの経済・生活問題により、不安症、うつ病、適応障害、アルコール関連障害などの新たな精神疾患の発症と、様々な精神疾患の再発・悪化及び自殺者数の増加、ドメスティックバイオレンスや虐待、不登校の増加、子どもの精神発達への影響などが懸念され、社会全体に与える影響は甚大です。したがって、地域社会が現在直面しているメンタルヘルスの問題は極めて深刻であり、取り組むべき喫緊の課題といえます。
 この状況に対して日本政府の対応は、感染症対策や休業補償などは速やかに予算化されましたが、メンタルヘルス対策については、従来の保健所や精神保健福祉センター等の電話や SNS等による相談事業に関しては予算化している一方で、COVID-19 によるメンタルヘルス危機への対策予算については不十分な状況です。

 2020年7月現在、我が国ではCOVID-19 拡大により、心理的社会的な負荷は増大しているので、国連の要請に呼応し、来るべきメンタルヘルス危機に備えた予防策が不可欠です。特に、COVID-19 の影響は社会の多層に及んで多様に生じることが予想され、従来の精神保健福祉行政の体制や方法論では対応が困難と考えられます。
 COVID-19 は今後も長期にわたる対策が必要と考えられ、我々は新たな生活様式や価値観を創出することを迫られており、後戻りの出来ない大きな社会転換が想定されています。 このいわゆる「Post/Withコロナ」の社会においては、ニューノーマルなメンタルヘルス対策システムを早急に構築、整備する必要があります。

 

 世界に先駆けてメンタルヘルス対策システムを創出し、「Post/Withコロナ」の社会が精神的に安心で豊かになるためには、わが国の強みである、脳科学や人工知能(AI)、ロボット工学、情報通信技術を基盤とした、在宅でのデジタルセンシングによる生体データ取得・評価を可能にするビッグデータ・プラットフォームや、VR(バーチャルリアリティ)等に支えられるスマートヘルスの実装が欠かせません。

 ニューノーマル時代の脳科学や AI 技術を活用した科学的エビデンスに基づくメンタルヘルス対策の実現には、長期の活動を保証するための研究費の確保が必要であり、公的資金だけでなく企業の参加、経済的支援を含めた体制の構築が不可欠です。さらに基礎研究開発で生まれた成果を社会に還元するためには、産官学の連携を強める研究資金の提供を含む体制を整備することが求められます。

(画像:本提言の要点・ポイント)

【参考】
1.日本脳科学関連学会連合(通称:脳科連)は、脳とこころの機能解明の実現を加速するために、わが国の脳科学に関連する基礎医学から臨床医学までの関連学会が結集して 2012 年 7 月に発足した。現在、加盟学会は 31 学会(延べ会員数約 11 万人)であり、我が国を代表する脳科学者コミュニティです。

2.関連する提言・声明等
・国連(2020年5月13日)「COVID-19 とメンタルヘルスへの対応の必要性に関する政策概要の発表に寄せる声明
・Gサイエンス学術会議(G7サミット参加各国の科学アカデミー。2020年4月8日)「新型コロナウイルス感染症の世界的流行に関わる国際協力の緊急的必要性について
・Gサイエンス学術会議2020共同声明(2020年5月28日)「基礎研究の重要性、健康増進への情報技術の活用:デジタルヘルス・ラーニングヘルスシステムを含む提言」

3.当センターの“脳科学×AIによるメンタルヘルス対策”関連研究
うつ病バイオマーカーの開発
薬物療法が無効なうつ病患者に有効な、ニューロフィードバック訓練によるうつ病治療法